「断熱で変わる信州の暮らし 」-家族の健康を守り、家族の資産になる家- 近畿大学副学長・岩前篤教授セミナーレポート
断熱で変わる信州の暮らし
-家族の健康を守り、家族の資産になる家-
近畿大学副学長・岩前篤教授セミナーレポート
2025年10月12日に開催された「信州住宅フェア2025」イベント内において、当協議会代表理事であり、近畿大学副学長の岩前篤教授によるセミナーが開催されました。

はじめに:住宅と健康の新たな常識
セミナーでは、私たちの健康が、日々過ごす「住環境」、特に住宅の断熱性能に大きく左右されるという、これからの常識となるべき事実が、数多くの科学的データと共に示されました。
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1.「 主観的健康感」の重要性
健康の状態を測る指標は、医療データだけではありません。自分自身が感じる「主観的健康感」こそ、将来の健康を予測するうえで非常に重要であることが、研究によって明らかになっています。
東京都多摩市では、2001年から6年間にわたり、65歳以上の市民およそ1万3千人を対象とした大規模調査が行われました。調査の冒頭で、「あなたは健康ですか?」というシンプルな質問がされ、その回答に応じてグループ分けが行われました。その後、6年間の生存率を追跡したところ、「とても健康だ」と答えた人の6年後の生存率は約90%。一方で、「健康ではない」と答えた人は約50%にまで下がりました。
この結果は、自分で健康だと感じることが、実際の寿命や健康状態にも深く影響することを示しています。つまり、「自分は健康だ」と感じる時間をいかに長く持てるかが、健康で長生きするためのひとつの鍵になるのです。

今日から始められる3つの健康戦略
では、具体的にどうすれば「健康感」を高められるのでしょうか。岩前教授は、日常生活に取り入れやすい3つの健康法を紹介しています。
①見た目の若さを意識する
見た目が若々しいことは、単なる自己満足ではありません。米国の調査では、見た目が良い人は収入が3〜4%高いとされ、日本でも5〜10%の差が生じる可能性が指摘されています。さらに、美容医療でシワを減らした人にうつ症状の改善が見られた報告もあり、見た目の印象が精神状態や日常生活に大きく影響することがわかります。
②歩く速度を意識する
都市部から地方に行くほど、平均歩数は減り、同時に一人当たりの医療費は増える傾向があります。しかし、単に歩く量だけでなく「歩く速度」が重要です。歩行速度が速い人と遅い人を比較した調査では、男性で平均寿命に約12年もの差があることが示されました。速い人は86歳まで、遅い人は65歳まで。日々の歩き方を少し意識するだけで、健康寿命に大きな違いが生まれるのです。


③空腹の時間を意識する(カロリー制限)
アカゲザルを対象にした20年以上の研究では、食事のカロリーを7割に制限したグループで、老化の進行が抑えられ、寿命が延びる効果が確認されました。興味深いのは、食事の「量」を減らすよりも、「回数」を減らして空腹の時間を作ることの方が、より効果的だと指摘されている点です。日常生活に少し取り入れるだけでも、体の老化プロセスに良い影響を与えられる可能性があります。
私たちの健康は、専門的な医療だけで作られるものではありません。日々の生活習慣や自己認識によっても大きく左右されます。しかし、個人の努力だけではコントロールできない外部環境も、健康に大きな影響を及ぼします。
- 住まいを取り巻く環境リスク:外の空気は本当に安全か?
私たちの健康に影響を与える外部環境、特に「空気の質」や「社会的要因」は、個人の努力だけでは管理できません。セミナーでは、こうしたリスクを分析し、安全な室内環境を確保する重要性についても触れられました。
変化する大気汚染の脅威
かつて大気汚染の主な原因は工場の煤煙でした。しかし現代では、気候変動の影響で拡大した「山火事」が新たな脅威となっています。例えば、サンフランシスコやバンクーバーなどの都市は、山火事の煙により世界で最も空気の汚染された都市の上位にランクインすることもあります。この汚染は国境を越え、日本にも影響を及ぼします。富士山の山頂でも、中国由来とみられる水銀が観測されており、「外の空気は必ずしも新鮮で安全ではない」という前提で住環境を考える必要があることを示しています。

「意図的な気密化」の重要性
1970年代、日本の住宅は合板やアルミサッシなどの新しい建材の普及により、知らず知らずのうちに気密性が高まっていきました。しかし当時は計画的な換気の考え方がまだ十分でなく、建材から発生する化学物質が室内にこもり、シックハウス症候群といった問題を引き起こしました。この経験から、「気密」という言葉に対してネガティブな印象を持つ人も少なくありません。
しかし、現代の「意図的な気密化」はまったく別の目的で行われます。外からの汚染空気の侵入を防ぎ、計画的な換気システムで常に清浄な空気を取り込むためには、断熱性能とともに気密化は欠かせない技術です。

健康に影響を与える社会的・環境的要因
私たちの健康は、空気の質だけでなく、日常生活の外部要因にも大きく左右されます。セミナーでは、いくつかの具体的な要因が紹介されました。
孤独
人とのつながりが希薄な「孤独」は、寿命にまで影響することがわかっています。孤独な状態にある人は、そうでない人に比べ寿命が短くなるリスクが30%も高いというデータがあります。この問題の深刻さを受け、日本では英国に次いで世界で2番目に「孤独担当大臣」を設置しました。もはや「つながりの欠如」は個人の課題ではなく、国家レベルの公衆衛生問題となっています。
緑の豊かさ
ハーバード大学の研究によれば、緑豊かな環境で暮らす人は、そうでない人に比べ死亡率が12%低いことが明らかになっています。これは単なる心の癒し効果に留まらず、医療費の削減にもつながる経済的価値を持つことを示しています。
犬の飼育
スウェーデンで340万人以上を対象に行われた大規模調査では、犬を飼うことで死亡率が低下することが確認されました。特に単身者に顕著な効果が見られ、その主な要因は犬との「散歩習慣」にあると分析されています。つまり、ペットが健康的な行動を自然に促す、強力なきっかけとなっているのです。

これらの外部リスクを私たち自身でコントロールすることが難しい現状を踏まえると、健康寿命を延ばすうえで最も重要なのは、一日の大半を過ごす「住まい」の環境をいかに安全で快適に保つか、という点にあります。そして、現代の日本人にとって住まいの最大のリスクは、冬の「寒さ」に他なりません。
- 日本の新たな常識:「夏リスク」から「冬リスク」への転換
かつて日本の住宅づくりの基本理念は、「夏を旨とすべし」と言われてきました。吉田兼好の『徒然草』にも記され、長きにわたり日本の住まいの常識とされてきた考え方です。しかし、現代の死亡統計は、この常識がもはや通用しないことを如実に示しています。夏の暑さよりも、冬の寒さがもたらす健康リスクのほうが深刻である――現代の住宅設計において、このパラダイムシフトを踏まえることが欠かせないのです。

死亡統計が示す驚きの事実
日本の月別死亡率の推移を見ると、1910年頃は8月に死亡率が最も高く、「夏リスク社会」と言える状況でした。しかし時代が進むにつれて、夏の死亡率は着実に低下。1970年には状況が逆転し、それ以降50年以上にわたり、冬に死亡率のピークが訪れる「冬リスク社会」が定着しています。
現代の日本では、もはや暑さより寒さが命に直結するリスクであることが、統計からもはっきりと読み取れます。

冬の健康リスクは、夏の30倍以上
国際的な医学誌『The Lancet』に掲載された多国籍研究が、日本における死亡リスクの実態を明らかにしています。その結果、夏の高温による死亡リスクは全体のわずか0.3%にとどまる一方、冬の低温によるリスクは9.8%に達することがわかりました。つまり、冬の寒さが健康に与える影響は、夏の30倍以上という衝撃的な事実が示されたのです。このデータは、単なる季節の違いではなく、住まいの断熱や暖房など、冬をどう安全に過ごすかが命に直結する課題であることを強く示しています。

冬のリスクはなぜ見過ごされてきたのか
熱中症で救急搬送される人は年間約10万人にのぼりますが、そのほとんど、約96%は当日中に帰宅可能です。一方で、低温は体にじわじわと影響を及ぼし、より深刻な健康被害につながるケースが少なくありません。つまり、社会的な注目度と実際の健康被害の規模には大きなギャップが存在しているのです。
なぜ冬のリスクは長い間見過ごされてきたのでしょうか。かつての「家の作りやうは、夏をむねとすべし」という指針は、夏に多くの人が命を落としていた時代には合理的でした。しかし現代では、死亡リスクは明確に冬に集中しています。

国土交通省の2018年の推定によると、日本の既存住宅の約7割は無断熱または低断熱(断熱等級3以下)の状態にあり、多くの人が「江戸時代と変わらない寒さ」の中で生活しているのが現状です。その影響は命にまで及んでいます。交通事故による死者数は年々減少していますが、家庭内での事故による死者数はその5倍以上にのぼるのです。
岩前教授は、「家の中は外よりも危険な場所になっている」と警鐘を鳴らします。


現代の日本で健康を守るには、家づくりの考え方を根本から見直し、冬の寒さ対策を最優先の課題として捉え直す必要があります。
次の章では、岩前教授の研究成果を踏まえ、日本人の健康をつくる住宅断熱リフォーム推進協議会事務局コマツも加わり、その具体的な解決策について詳しく解説します。

- 解決策としての高断熱住宅:「健康のハードウェア」という発想
岩前教授の話から明らかになった健康リスク、特に「冬の寒さ」に対する最も効果的かつ根本的な解決策は、「高断熱・高気密住宅」です。これは単なる省エネの設備ではなく、健康を支える基盤—いわば「健康のハードウェア」と呼ぶべき存在です。
エネルギーだけではない価値:ノンエナジー・ベネフィット
高断熱住宅のメリットは光熱費の削減にとどまりません。「エナジー・ベネフィット」に加え、健康や生活の質の向上といった、数値では表しにくい多様な利点、「ノン・エナジー・ベネフィット」という考えも取り入れていくことが重要です。
住宅をただの建物ではなく、健康を支える生活基盤として捉える発想が、これからの家づくりには欠かせません。


健康改善
住まいの気密・断熱性能を高めると、ヒートショックリスクを低減できるだけでなく、アレルギーや喘息等の症状や発生リスクが緩和されることがわかっています。下図は、岩前篤教授が、新築住宅に引っ越した2万人以上の方々を対象に、転居後の住宅の断熱グレードと住まいの健康影響に関してアンケート調査した結果です。

高断熱住宅がもたらす多様なメリット
介護リスクの低減
暖かい住宅に住む人は、寒い住宅に住む人と比べて、要介護認定を受ける平均年齢が約3年遅く(80.7歳 vs 77.8歳)、健康寿命の延伸が期待できます。
女性特有の不調の緩和
室温を18度以上に保つことで、女性特有のPMS(月経前症候群)などの症状が軽減されることも報告されています。これは家庭内の快適さだけでなく、職場などの生活環境改善にもつながります。
子育ての負担軽減
赤ちゃんのおむつ替えや沐浴後のケアも、暖かいリビングで落ち着いて行えるようになります。親が凍えながら子どもの世話をする過酷なワンオペ育児環境が、劇的に改善されます。
収納スペースの有効活用
分厚い冬用布団や複数の暖房器具が不要になるため、押し入れの大部分を占めていた季節用品のスペースが丸ごと解放されます。
断熱リフォームのコストを考える
高断熱住宅は初期費用が高いというイメージがありますが、ライフサイクルコスト(建物の生涯総費用)で考えると、その印象は覆ります。一般住宅の場合:新築時にエアコンを5台設置すると、機器の更新や清掃費を含め、30年間で約200万円のコストがかかる可能性があります。
高断熱住宅の場合:家全体の断熱・気密性能を高めることで、6畳用の高性能エアコン1台で全館冷暖房が可能です。その場合、30年間のコストは約40万円に抑えられます。差額の約160万円を初期の断熱工事費用に充当できると考えれば、「断熱への投資は長期的に見て経済的」という結論が導き出されます。さらに、断熱性能の向上は単なるコスト削減に留まらず、冬に使われない部屋をなくすことで住宅の「実効稼働面積」が増加。限られた延床面積でも、より豊かで快適な生活空間を確保できます。土地や建築費が高騰する現代において、非常に合理的な考え方と言えるでしょう。
住宅の断熱性能への投資は、光熱費の節約にとどまらず、医療費・介護費の削減や日々の生産性向上など、多岐にわたる利益を生む「最も合理的で効果的な健康投資」と言えます。
- 未来への提言:健康をつくる家づくりへ
これまでの議論を踏まえ、これからの家づくりでは、生活者と住宅事業者が果たすべき役割、そして社会全体が目指すべき方向性を明確にする必要があります。
変わりゆく法律と資産価値
住宅の省エネ基準は、社会の要請とともに変化しています。建築物省エネ法の改正により、2025年には断熱等級4が義務化され、2030年にはさらに基準が引き上げられ、断熱等級5が義務化される予定です。しかし重要なのは、2025年に義務化された断熱等級4の住宅も、わずか5年後の2030年には「既存不適格」となることが確定している点です。これは、現行の最低基準で建てられた住宅が、短期間で資産価値を大きく損なうリスクを抱えていることを意味します。

建築基準法と断熱性能の考え方
建築基準法の第一条には、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定め、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする」と明記されています。つまり法律はあくまで最低基準に過ぎません。将来にわたり住宅の資産価値を維持・向上させるためには、義務化される基準を上回る断熱等級6や7を目指すことが、賢明な選択と言えるでしょう。
採暖と暖房の違い
日本の住宅業界では、「暖房」と「採暖」の違いに対する理解が十分に浸透していません。これは、長年「採暖」で十分とされてきた日本の生活文化に起因します。
採暖
必要なときに必要な部屋だけを温める行為。専門的には「各室完結暖房」と呼ばれます
暖房
住宅全体を快適に保つ仕組みであり、家全体の温度環境を整えることを目的とします。
両者の目的は根本的に異なるため、この違いを理解することが住宅性能向上の前提となります。真の「暖房」を実現するには断熱性能の向上が不可欠です。断熱により室内の熱を外に逃がさず保持することで、断熱等級6・7やHEAT20 G2・G3の高性能住宅では、エアコン1台で全館暖房が可能になります。これは、エネルギーを効率的に使いながら、家全体を暖める住宅であることを示しています。
日本の住宅文化は長く「採暖」を中心に発展してきました。しかしこれからは、「家そのものが温かい家」が求められます。「採暖」と「暖房」の違いを正しく理解し、高断熱・高性能住宅を選ぶことが、健康で快適な暮らしの第一歩となるのです。

住宅業界への期待:暮らしのハードウェアから「健康のハードウェア」産業へ
住宅業界は、自らを単なる「暮らしのハードウェア産業」と捉えるのではなく、住む人の生活の質(QOL)を支える「健康のハードウェア産業」として再定義する必要があります。リフォームも、単に古くなったものを直す修繕ではなく、住む人の健康を向上させる「健康ソリューション」として社会に提案していくべきです。断熱改修がもたらす健康価値を積極的に伝えることは、住宅業界に期待される重要な役割の一つです。
生活者へのメッセージ:我慢ではなく、心地よい暮らしを
セミナーの最後には、岩前教授より宮城県石巻市で撮影された一枚の写真が紹介されました。冬の夜でありながら、薄着・裸足で元気に走り回る子どもたちの姿です。この写真は、セミナーの核心的メッセージを象徴しています。「寒さに耐えることが美徳ではなく、むしろ健康を損なう可能性がある」ということです。心地よい住環境を整えることが、子どもから高齢者まで、すべての人の健康を守る第一歩となります。

これからの家選びや家づくりでは、デザインや間取りだけでなく、「断熱性能」という健康の土台にどれだけ投資されているかが、重要な判断基準になります。高断熱住宅は、家族の健康を守るだけでなく、将来にわたる経済的負担を軽減し、日々の暮らしをより豊かにする、最も確実で効果的な解決策の一つとなります。
改めて「断熱性能の向上は家族の健康を守り、さらには家族の資産になる」という重要性を強く実感するセミナーとなりました。
ご登壇いただきました岩前先生、ありがとうございました。

■「信州住宅フェア2025」開催概要
地域から全国へ、住まいの未来をつなぐ。
「信州住宅フェア2025」は、国土交通省および全国の関連団体との連携のもと、地域建築産業の発展と脱炭素社会の実現をめざす住宅・建築総合イベントです。信州の気候風土に適した高性能住宅、断熱リフォーム、省エネ設備、木材利用の最前線を紹介し、地域の工務店・設計者・メーカー・行政・研究機関など、業界関係者が一堂に会します。
会場では、最新建材・設備の展示に加え、国の政策動向や支援制度をテーマとした専門セミナー、全国で進む先進事例の紹介を実施。
開催日: 2025年10月11日(土)・12日(日)会 場:ホワイトリング(長野市真島総合スポーツアリーナ )
入場料: 無料(事前登録制)
主 催: 信州住宅フェア実行委員会
構成員:長野県、長野市、(一社)信州木造住宅協会、(一社)新木造住宅技術研究協議会長野支部、(一社)長野県建設業協会、(一社)長野県建築士事務所協会、(公社)全日本不動産協会長野県本部、(公社)長野県建築士会、(公社)長野県宅地建物取引業協会、(公社)日本建築家協会関東甲信越支部長野地域会JIA長野県クラブ、信州の快適な住まいを考える会、信州木材認証製品センター、独立行政法人住宅金融支援機構、長野県建設労働組合連合会、長野県住宅供給公社、長野県木材協同組合連合会、長野商工会議所
共 催:信濃毎日新聞社
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