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健断編集部

【セミナーレポート】これからの住まいを考える。省エネ住宅は目標ではない! 幸せな家族をつくるための手段だ

(一社)日本人の健康をつくる住宅断熱リフォーム推進協議会 代表理事
ウムヴェルト建築総合研究所主宰 岩前篤
セミナーレポート(青森県十和田市)

 

2026年7月16日、青森県十和田市の地域交流センター「とわふる」において、当協議会代表理事であり、ウムヴェルト建築総合研究所主宰の岩前篤による講演が開催されました。主催は平野商事株式会社様、共催はYKK AP株式会社八戸支店様です。

今回のテーマは「省エネ住宅は目標ではない!幸せな家族をつくるための手段だ!」住宅の性能と健康の関係をひもときながら、「住宅の真の目的とは何か」「家族の幸せとは何か」「住宅に携わる我々が今何をすべきか」を問い直す、約1時間半の講演となりました。

1.「環境」ではなく「環世界」から考える

講演の冒頭、岩前は自らが主宰する研究所の名称にもなっている「ウムヴェルト(Umwelt=環世界)」という言葉から話を始めました。

日本語の「環境」は、自分の外側に何かがあって、それに囲まれているというイメージを伴います。
一方で「環世界」は、世界全体を構成するさまざまな要素の一つとして自分がいる、という視点です。岩前がこの考え方に触れたのは約30年前、動物行動学者・日髙敏隆氏の講演でのことだったといいます。

「環境問題」というけれど、あれは環境が問題なのではなく、人間の行いの問題です。それなのに「環境」という言葉を使うことで、責任を転嫁してしまっています。

似た構図として岩前が挙げたのが、「精神病」から「生活習慣病」への名称の変化です。「あなたは精神病です」と言われれば落ち込むだけですが、「あなたの生活習慣に問題があります」と言われれば、自分に原因があることがはっきりする。言葉の選び方一つで、当事者意識はまったく変わります。

住まいと健康の関係も同じです。外にある「環境」の話ではなく、私たち自身の振る舞いと選択の話なのです。

2.健康とは何か

WHOの定義

WHO憲章前文にある有名な定義では、健康とは、単に病気ではない・弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも社会的にもすべてが満たされた状態を指します。

1998年に「霊的(spiritual)」「動的(dynamic)」といった要素を加える提案がなされましたが、この提案は保留のままであり、現在も上記の定義が生きています。

とはいえ、この定義には少々つかみどころがありません。そこで岩前が紹介したのが、江戸初期の剣術書に記された、分かりやすい定義でした。

「病とは、偏った状態をいう」

徳川将軍家の兵法指南役であり、一介の剣士から大名にまでなった唯一の人物である柳生宗矩。彼が1632年に著した『兵法家伝書』には、「病」とは何かが示されています。勝とうと一筋に思うのも病、技を出そうと一筋に思うのも病──つまり、病とは「偏った状態」を指すという考え方です。

この思想の背景には、沢庵和尚の『不動智神妙録』に説かれる「不動智」があります。不動とは、何にも反応しないことではありません。悲しいことがあれば泣き、楽しいことがあれば笑い、腹が立てば怒っていい。ただし、その状態をいつまでも引きずらず、速やかに中立へ戻ること。健康とは、その人がその人らしいベストなパフォーマンスを発揮できる状態である──そう考えると、この400年前の定義は驚くほど現代的です。

建築基準法が定める、建築物の使命

そして岩前は、建築基準法第一条を引用しました。

この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、公共の福祉の増進に資することを目的とします。

建物の一番大切な役割は、そこで過ごす人の健康を守ること。建築基準法の第1条にもそう書かれています。けれど現在の住宅業界は、この一番大切なことを少し忘れてしまっているのかもしれない――岩前はそう指摘します。

「快適な家をつくってきたのだから、健康にもいいはずだ」という思い込みが、長く業界にあったのではないか、と。

3.「健康」と「快適」はまったく違う

今回の講演で、岩前が最も伝えたかったのがこのテーマでした。

講演のあとに「快適なお話、面白かったです!」と言われると、実は少し複雑な気持ちになってしまいます。私が本当にお伝えしたいのは「快適さ」ではなく「健康」についてのお話だからです。

タバコが示す、心と身体のズレ

分かりやすい例としてPM2.5、そしてそれよりさらに微細なPM1が挙がりました。PM1の正体の一つがタバコの煙です。過去30年ほどでその割合は下がったものの、今なお男性の約4分の1、女性の1割前後が、自ら進んでPM1を吸い込んでいます。

頭では身体に悪いと分かっている。それでも吸う。朝起きたとき、食後、風呂上がりの一服。心が求めるものと、身体が求めるものは違います。それなのに住宅業界は、「快適にすれば健康になる」という理屈で家をつくり続けてきました。

快適は一時的、健康は普段は見えない

心地よさは、その前に「心地よくない状態」があってはじめて感じられます。蒸し暑い日にすっと風が抜ける瞬間の気持ちよさは、その前の暑さを我慢しているからこそ生まれる。そしてその風が吹き続ければ、人は慣れて、もう快適とは感じなくなります。

岩前はこう表現しました。

「得て嬉しい快適、なくして悲しい健康」。

健康のありがたさは、失ってはじめて分かるものだ、と。

「快適な家」を約束することのリスク

さらに岩前は、住宅事業者に対して踏み込んだ提言をしました。

快適さは人の心が決めるものです。「我が社の家は快適です」とお客様に約束して、本当に守り切れるでしょうか。「建ててみたけれど快適じゃない」と言われたら、約束を守れなかったことになります。約束は、守れることだけを約束すべきです。加えて、住宅展示場に行けばどの会社も「快適」を掲げており、そもそも差別化にもなっていません。

一方、健康は測ることができ、根拠を示すことができます。だからこそ、これからの住まいが目指すべきは快適ではなく健康なのです。

4.人の死亡に最も影響するものは何か

やや古いデータではあるものの、人の死亡への影響度を要因別に見ると、生活習慣が43%、自然環境が20%、遺伝が17%、医療体制の不備が14%。およそ4対3対2対1という割合になります。

ここで岩前が強調したのは、この「生活習慣」の中に生活環境、すなわち家のつくりが含まれているということです。生活習慣と生活環境は本来区別されるべきものであり、住まいは人の生死に関わる要因のかなり大きな部分を占めている、ということになります。

5.日本の住まいの歴史を、正しく知る

岩前が歴史の話をするのには理由があります。「今」を理解し、「これから」を考えるためには、「昔」を知る必要があるからです。

私たちが習ってきたのは「住まいの歴史」ではなかった

洛中洛外図に描かれた京の町家は、板壁・板屋根に石を載せたつくりでした。当時、瓦はまだ一般には使われていませんでした。平城京に暮らしていたおよそ5万人のうち、貴族はおよそ5%。『源氏物語』が描く煌びやかな宮廷は、その5%の世界の話であり、残りの95%は一般の人々でした。

一方、私たちが学校で学ぶ「日本建築の歴史」は、神殿造りや寝殿造り、平等院鳳凰堂といった建築です。しかしこれらは権力の象徴であって、住まいではありません。

ノイシュヴァンシュタイン城を見て「ドイツ人はこんな家に住んでいる」と言う人はいません。ヴェルサイユ宮殿を見て「フランス人の家だ」と言う人もいない。なぜか日本人だけが、平等院鳳凰堂を自分たちの住まいのイメージとして受け取ってしまう。

実際の日本の住まいは、竪穴住居の次の時代あたりから続く掘立小屋のような壁付き建屋であり、それが明治・大正・昭和まで延々と続いてきました。掘立小屋から今の断熱・気密住宅へと理解したほうが、はるかに筋が通ります。「昔の家はそうじゃなかった」という断熱・気密への反論は、そもそも比べる対象を間違えているのです。

「夏をむねとすべし」を検証する

『徒然草』第五十五段の「家の作りやうは、夏をむねとすべし」。長く日本の住まいの常識とされてきた言葉です。しかし岩前は、いくつかの角度からこれを検証します。

第一に、建物そのものが冬型であること。兵庫県の箱木千年家に代表される古い民家は、分厚い茅葺きや和瓦の屋根に、きわめて小さな開口部でつくられています。これは紛れもなく冬に備えたつくりです。歴史をたどっても、日本の住宅が夏を旨としてきた形跡は実は残っていません。

第二に、原文の締めくくり。この段の末尾には「人の定めあひ侍りし」という表現が置かれています。「そのように偉い人たちが言っておりました」──関西風に言えば「知らんけど」に近いニュアンスです。しかも岩前が調べたところ、『徒然草』全体を通じてこの表現が出てくるのは、この箇所だけだといいます。

第三に、広まった時期。「夏を旨とすべし」が住まいの指針として広く語られるようになったのは、明治時代以降、ここ200年以内の可能性が高いと岩前は話します。

昔の日本人は、冬の夜をどう過ごしたか

鎌倉時代、一般の人々は冬の夜をどうしのいでいたのでしょうか。厚着でもなく、布団にくるまるでもなく、答えは囲炉裏でした。囲炉裏は調理道具であり暖房器具でもあり、その火で手足を温め、周りにむしろやゴザを敷いて眠る。布団はまだありません。当時の平均寿命は40年程度と推定されます。

木綿の布団が普及したのは江戸中期以降のこと。幕府が地方経済の柱として綿の栽培を奨励したことで、衣類や布団が広まりました。そして布団が出回ると、「火を焚くのはもったいない」と火を消して布団で寝るようになります。日本人が「布団にくるまって寒さを凌ぐ」ようになったのは、たかだか約200年程度の歴史です。それ以前、日本の夜は火のそばで温かかった。畳を家全体に敷けたのも一部の裕福な家だけで、一般の家は板の間でした。

6.シックハウスの教訓──二種類の「気密化」

1970年代、合板とアルミサッシという優れた建築材料が普及しました。とりわけ合板は、それまで実現できなかった大きな開口を可能にした画期的な素材です。

しかし同時に、意図しない気密化が始まってしまいました。計画的な換気の考え方が伴わないまま気密性だけが上がり、建材から放散される化学物質が室内にこもる。1990年代にはこれが顕在化し、週刊誌に「住まいが原因の病気」という言葉が躍りました。

これを受けて2003年、建築基準法のシックハウス対策により、新築住宅への換気システム設置とホルムアルデヒド発生量の規制が定められます。問題が完全に解決したわけではありませんが、状況は大きく変わりました。

いま私たちが行っている気密化は、これとはまったく別物です。断熱・気密・換気の三点セットで行う「意図した気密化」であり、外の汚れた空気の侵入を防ぎ、計画的に清浄な空気を取り込むための技術です。この二つを区別しないまま「気密は良くない」と語ることは、間違いではないか、と岩前は指摘します。

7.温暖化しても、断熱は不要にならない

「これだけ暑くなったのだから、もう暖房も断熱もいらないのでは」──近年よく聞かれる意見です。しかし岩前の答えは明確でした。

暖房に必要なエネルギーは確かに減ります。しかし、低温そのもののリスクは変わりません。むしろ気温の振れ幅が大きくなり、異常低温も増えているのが世界的な現象です。

室内温度は18℃以上が必要で、理想は20℃以上。短時間なら15℃程度でも耐えられますが、長時間は無理です。冬がいくら暖かくなっても、日本の冬季の気温が15℃を超えて安定することはありません。沖縄でさえ、年に数日は10℃前後まで下がります。つまり、暖房が不要になる地域は日本には存在しないのです。

もう一つ深刻なのが花粉症です。10代以下の発症率はすでに50%を超えており、20年前の10%台から激増しています。子どもの2人に1人が花粉症という時代に、季節によっては窓を開けて暮らすこと自体が難しくなっています。だからこそ、計画換気を備えた高断熱・高気密住宅の価値はむしろ高まっています。

8.WHOの「18℃」は、平均か最低か

2018年、WHOは住まいと健康に関するガイドラインで、冬季の室温18℃以上を勧告しました。ところが日本では、この18℃に二通りの解釈が生まれています。「平均18℃」と「最低18℃」です。

岩前の見解は明快でした。WHOが前提としているのは欧米の暮らし、すなわち暖房を切らない連続暖房です。一日を通じて室温がほぼ一定に保たれる中での18℃なのだから、これは最低温度と解釈すべきである、と。

しかし日本では、いつのまにか「平均18℃」という意味で使われるようになっています。都道府県別の屋内平均温度の調査結果なども、地域あたりのサンプル数はごく限られており、全国を代表する数字とは言い難いのが実情です。

9.「採暖」と「暖房」は、目的がまったく違う

暖房とは、部屋を暖めること

そもそも「暖房」の「房」は部屋を意味します。明治期に英語のroom heatingを訳した言葉であり、human heatingではありません。部屋を暖めることが暖房なのです。

対して、人がいるときに人がいる部屋だけを暖めるのが採暖(部分間欠暖房)です。

採暖 暖房
対象 人がいる部屋だけ 住宅全体
運転 間欠 連続
目的 快適のため 健康のため

明治期のヨーロッパも、実は日本と同じく採暖が中心でした。しかし20世紀に入り、欧米は気密性の高い住宅を基礎として暖房へスムーズに移行します。一方の日本は隙間だらけの家だったため、採暖を基準としたまま今日に至りました。

ここで岩前は、大切な留保を置きます。

採暖を蔑視してはいけません。なぜ採暖ではダメなのか。不健康だからです。なぜ健康のための暖房まで持っていかなければならないのか。そのためになぜ断熱しなければならないのか。すべては健康を目指すためです。

あわせて、岩前は講演を通じて「寒さ」と「低温」という言葉を意識的に使い分けていました。低温は温度そのもの、寒さはそれを心が認識した状態です。重ね着や採暖は「寒さ」への対策であり、快適性の問題。一方、血圧の変動や各種症状の変化といった健康への影響は、私たちが普段意識していないところで確実に起きています。

「採暖のZEH」と「暖房のZEH」

国は2030年に新築住宅のZEH化、2050年にはストック全体のZEH水準を掲げています。カナダも同様に2030年のZEH義務化を目指しており、一見すると同じ方向を向いているように見えます。

しかし中身が違います。欧米が目指すのは「暖房のZEH」、日本が目指しているのは「採暖のZEH」。前提とする暮らし方が異なるため、必要な断熱性能もまるで変わってきます。暖房を前提とするなら、必要となるのは断熱等級7に迫る水準です。

等級5や6でZEHになったと喜んでいる場合ではありません。ゆくゆくは等級7の世界を考えていく必要があります。

10.隙間風の家に冷房を入れると、何が起こるか

冬だけの話ではありません。夏の冷房についても、断熱・気密の有無で起きることはまったく違います。

隙間風の多い家の場合、エアコンが冷たい空気を出しても、隙間からは熱い空気が入り込み、せっかくつくった冷気は足元の隙間から外へ逃げていきます。結果、部屋全体の温度はさほど下がりません。涼しくなるのは吹き出し口の周辺だけ。そこに人が集まれば冷房病、離れれば熱中症という、どちらに転んでも不健康な状況が生まれます。しかも隙間からは汚れた空気を吸い続けることになります。

高断熱・高気密の家では、最低限の冷気で家全体の温度がマイルドに下がります。その違いが最もはっきり分かるのは、エアコンを切った瞬間です。前者は切った途端に暑くなりますが、後者は1〜3時間その状態が保たれます。

11.ナイチンゲールが最初に書いたこと

近代看護教育の母として知られるフローレンス・ナイチンゲールは、優れた統計学者でもありました。クリミア戦争において、兵士の死因は戦傷よりも病院内の不衛生によるものが圧倒的に多いことを統計データで示し、死亡率を大幅に引き下げたことで知られています。

そのナイチンゲールが『看護覚え書』で説いた第一の原則が、「空気を清潔に、かつ暖かく保つこと」でした。続く項目に挙げられているのも、空気、水、衛生、そして住居の健康です。新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静けさ、そして適切な温度──近代看護の出発点は、まさに住環境そのものだったのです。

12.冬のダメージは、夏の30倍以上

統計が示す「夏リスク社会」から「冬リスク社会」への転換

日本で人口動態統計が初めて取られた1910年(明治43年)、月別死亡率が最も高かったのは8月でした。ところが1930年、1950年、1970年と時代が進むにつれ、夏の死亡が減り、冬の死亡が増えていきます。同様の転換はアメリカでも、日本より20年ほど早く起きています。

なぜか。かつて夏に人が亡くなった最大の要因は、食中毒をはじめとする感染症でした。衛生状態の改善によってその山が消えると、もともと存在していた冬のピークがはっきりと姿を現したのです。

『The Lancet』が示した数字

2015年、英国の医学誌『The Lancet』に世界13か国のデータを分析した研究が掲載されました。非至適温度に起因する死亡は全体の約7.7%であり、その大半は低温によるものです。

そして日本は、低温による死亡が9.8%、高温による死亡が0.3%。つまり冬のダメージは夏の30倍以上という結果でした。日本の年間死亡者数を約120万人とすれば、およそ12万人が低温の影響で亡くなっている計算になります。

「ヒートショック」ではなく「コールドダメージ」

循環器系疾患の死亡は、夏に減り冬に増えます。この差から「ヒートショックで年間1万数千人」という説が生まれました。しかし岩前は、この捉え方に疑問を投げかけます。

実は循環器系だけではなく、ほとんどすべての病気が同じように夏に減って冬に増えるのです。夏と冬の死亡者数の差は、10万人規模。これはヒートショックというより、コールドダメージと呼ぶべきものです。

熱中症で救急搬送される人は年間約10万人にのぼり、メディアにも大きく取り上げられます。しかし実際の健康被害の規模は、冬のほうがはるかに大きい。社会的な注目度と実害の大きさには、大きなギャップが存在しています。

13.断熱性能と健康──2010年の調査結果

岩前が2010年に発表した調査は、断熱と健康の関係を語るうえで一つの転換点となりました。

新築住宅に転居した方々を対象に、新しい住まいの断熱性能ごとに症状の「改善率」を集計したものです。改善率とは、前の住まいでは出ていた症状が、新しい住まいでは出なくなった人の割合を指します。

結果は明快でした。手足の冷えをはじめ、ほぼすべての症状において、断熱性能が高い住宅に移るほど症状が出なくなった人の割合が増えていたのです。

このデータを発表するまで、断熱の効果は光熱費と快適性で語られていました。このデータが出てから、「健康維持増進」という言葉が当てはめられるようになったのです。

以降、さまざまな調査が行われ、住宅の温熱環境と健康に関する知見は着実に積み上がっています。

14.国が公式に認めた「低温は健康に悪い」

2022年(令和4年)4月1日、厚生労働省は建築物環境衛生管理基準を見直し、室温の下限を17℃から18℃へ引き上げました。その理由として挙げられたのが、「冬期の高齢者への血圧上昇に与える影響等」であり、根拠としてWHOのガイドラインが明記されています。

WHOのガイドライン公表は2018年11月。それから約4年間、厚生労働省はこれに公式には言及してきませんでした。それが、ついに正面から取り入れられたのです。

この通知を見たとき、本当に鳥肌が立ちました。この日から、「低温は健康に悪影響を与える」という厚生労働省のお墨付きが出たと解釈していい。

実際、国土交通省の住宅部門も現在は低温の健康影響を明確に語るようになっています。税制や将来の基準について、目的は脱炭素であるとしつつ「健康にも良い」という表現を公式に使う時代になりました。

15.住宅事業者へのメッセージ──数字ではなく「住まい手バリュー」を

講演の終盤、岩前は住宅に携わる人々へ向けて語りかけました。

数字で説明を終わらせない

「お宅の会社は他と何が違うのですか」と聞かれて、「うちはUA値0.2です」と答える。そこで説明を終えてはいけません。お客様がその数字を聞いて「よし、ここに決めた」と言うことは、まずありません。

数字で伝わる相手は限られています。大切なのは、その家に住んだらどんな良いことがあるのかを、暮らしの言葉で語ることです。

たとえば──冬、お風呂上がりのお子さんを慌てて拭かなくていい。家の中が暖かいから、少しくらい裸で走り回っても風邪をひきません。お母さんはゆっくり自分の身体を拭いて、化粧水をつけて、乳液までつけてから子どもの世話をすればいい。それだけで、暮らしの満足度はまったく違ってきます。

岩前はこれを「住まい手バリュー」と呼びます。専門家同士が集まったときには専門家の言葉で話せばいい。しかしそれをそのままお客様に持ち込んではいけません。お客様にはお客様の言葉を。暮らしの言葉を各地で集めて、みんなで使えるようにしていくことが大切だ、と岩前は語ります。

大切なのは方法論ではなく、マインド

技術的な方法は無数にあり、答えは一つではありません。大切なのは、それを目指す理由を持つこと、そのマインドをしっかりと定めることです。

周りが等級6だからうちは等級5でいい──そういう会社は、ただ周りに合わせているだけです。特に地域の住宅会社は、地域から逃げられません。その地域で家を建てるということは、地域そのものをつくっているということなんです。

だからこそ、そこに健康な家が必要なのではないか。マインドさえ定まれば、迷うことは多くありません。

おわりに

「省エネ住宅は目標ではない。幸せな家族をつくるための手段だ」──講演タイトルに込められたメッセージは、90分を通じて一貫していました。

健康と快適は違う。私たちが目指すべきは健康である。そして建築物の第一の使命は、そこに住む人の健康を守ることである。断熱も気密も換気も、そのための手段にほかなりません。

歴史をたどれば、日本の住まいはもともと冬に備えたつくりでした。「夏を旨とすべし」という常識も、統計が示す冬のリスクの前では説得力を失っています。温暖化が進んでも、低温のリスクは消えません。

これからの家づくりに問われるのは、デザインや間取りだけではなく、「健康の土台」にどれだけ投資されているかです。そしてその価値をお客様に伝える言葉を、住宅に携わる私たち自身が持てているか。あらためて、そのことを強く実感するセミナーとなりました。

ご登壇いただきました岩前先生、そして開催にご尽力いただきました皆様に、心より御礼申し上げます。

■ 開催概要

セミナー名 これからの住まいを考える! 省エネ住宅は目標ではない! 幸せな家族を作るための手段だ!
開催日時 2026年(令和8年)7月16日(木)14:00〜17:00
会 場 十和田市 地域交流センター「とわふる」大ギャラリー(青森県十和田市稲生町16番1号)
定 員 80名/入場無料
講 師 岩前 篤(ウムヴェルト建築総合研究所株式会社 主宰/日本人の健康をつくる住宅断熱リフォーム推進協議会 代表理事)
溝口 真帆子 氏(Mihray Planning 代表)
主 催 平野商事株式会社
共 催 YKK AP株式会社 八戸支店
協 力 あおもりGX住宅ビルダーズ

※溝口氏からは、2026年10月31日をもって従来の基礎断熱の熱損失計算方法が廃止され、新計算方法へ移行することに伴う実務上の留意点について解説がありました。これまでZEHやGX水準をクリアしていた仕様が基準未達となる可能性があり、省エネ計算の実務に直結する内容です。